丁寧に、一つずつ

自分を大切にして、自分らしく幸せを感じながら生きていく!ただのオンナ実践記録

生きている事について考えた時の話

最近ずっと苦しい日々が続いていました。

また出てきたな~まだ居たか~と初めは思ってあれこれ書き出したりしていましたが、

どうもモヤモヤが止まらず、、

 

その中でなぜか頭から離れなかったのが、とある方の文章を読んで「この世に招待されてしまった事にまだ良かったと思えない」と書いていた事。

わたしは、これまでそういう様に考えた事がなかったので「私はどうなんだろう」とか考え出してしまいました。どこか自分の思考とリンクして引っ張られたんですね。

 そしてモヤモヤが止まらないまま、夜中に考え出したら更に止まらなくなりました。

 

 

確かに私は、気付いたら生きていた。

私は、「絶対生まれたい!」とどこかで決めたかというと分からない(笑)。

気付いたら生きていた。

 

その事に気付いた時、なのになんで今までこんなに自己犠牲的な考えで生きてきたんだろう、と思いました。

気付いたら生きていただけなのに。

何度も書くけれど、良い悪いとかではなく、現時点ではただそう思っただけなのですが、

 

私が、これまでこんなに苦しんで生きてきた事も、もしかしたらこんなに隠さなくても良かったのかも知れない。

もっと素直に助けてって手を伸ばせばよかったのかもしれない。

何でも一人で解決しようとせず、周りに助けを求めて良かったのではないかな、と思いました。

私一人の力なんて、たかが知れている。

大した事がない事に早く気付いて認めて、素直に観念したら良かったかもしれない。

 

まず、もっと親に頼った方が喜んだかもしれない。

もっと求めれば、私が私なりに快適に生きられるように色々と助けてくれたかもしれない。

その方が親も幸せだったかもしれない。

今は仮定でしか書けないけれど、この一年の両親との関係の変化を見ていても、そのような気がしています。

 

なんで勝手に自分で決めつけて遠慮して、苦しんで人のせいにしていたんだろう。

なんで実力以上に頑張り、ひとりで成功を求めていたんだろう。

それで、良く分からないタイミングで、人に求めたり見返りを期待したり。

それでは物事もスムーズにいかないし、与えられなくて当然かもしれない、なんて思いました。

 

良いか悪いかは、置いておいてこんな感情が出てきました。

心底、落ち込みました。

 

私はなんでこんなに勝手に頑張ってきてしまったんだろう。

出来ないままで良かった事も沢山ある気がする。

いつも人の目を伺って、はみ出ないように遠慮して、陰で努力して生きてきたけれど、やっぱりそんなの出来なくても良かったと思う。

努力して努力して、自分の力で踏ん張って心をすり減らしてきたけれどそれって必要だったのかな、なんて心から思ってしまいました。

 

おそらく、最近もまた頑張る癖が出て来て、それに嫌気がさしていました。

それがモヤモヤに繋がっていました。

 

 

以前、真穂さんの下記の記事に関して、

私はこの記事を読んだ時も、とても納得したけれど、今の方が何倍も共感しています。

原点回帰。「すみません、わたし、マジでもっとただのオンナに戻ります」 - 「すみません、ただのオンナに戻ります」。

 

「人生ナメくさって生きる」という勇気☆ - 「すみません、ただのオンナに戻ります」。

 

改めて読んでみると、本当に感じるものがあるなあ。

 

やっぱり結局は「自分を大切にする」「ただのオンナ」「自分を生きる」なのではと思いました。

 

 

しなくて良い負荷を自分にかける必要なんて全くない。

そんなに生きている事に遠慮しなくて良い。

 

生き続ける事は毎日自分が選択しているけれど、気付いたら生きていたわけだし

そんなに頑張ることに自己重要感を見出さなくて良い。

出来ない事、人より劣っている事にフォーカスして自分をいじめなくて良い。

 

その人にはその人の器(良い悪いではなく、何と言うんだろう、、特徴とかの方がしっくりくるのかな)があるし、それを受け入れて自分なりに満足して生きたら良い。

きっと、すでに産まれたときから与えられているものがそれぞれあるはずで、それに気付いて素直に受け取れるようになった方が何倍も生きやすいだろう。

 

周りの人と比べて、相対評価を得る様な、そんな狭い世界で生きなくて良い。

長年、私はその狭くて苦しくて、本当に辛い世界で生きてきたけれど得るものなんて本当に無かった。

 

その狭い、世間の常識と言われる価値観は、広い世界では全く常識ではない事の方が多いのだから

自分が生きやすい世界を自分が見つけ・選び、そこでのびのび生きれば良い。

 

私は大切な人はいるけれど、それは、「その人がいなくなったら自分が困る、嫌だ」から居てほしいのであって、結局は自分の為だし

全部全部、結局は自分の為で、きっと人なんてそんなもんだし

 

自分と、あとは大切な人を気にかけるくらいがせいぜい精一杯で、他人なんて本当に気にしている場合ではない。

だから配慮はしても、他人の目線や価値観なんて本当にどうでもよいんだと気付きました。

(そして、ここでやっと、親やパートナーを最大限活用する、が腑に落ちました。自分が生きやすいように、足りない部分を埋めてくれる人を積極的に求め大切にしてもらう。その中で自分も相手に足りない部分を埋めれるのであれば最大限活用してもらう。やっぱり自分を満たす、が先なんだな、、)

 

 

与えられているものを素直に受け取り、もっとやりたい事に素直に取り組んで、好きなように自己満足で生きて

なんで生きているかは分からないけれど、自分としては中々楽しい毎日だ、と感じられれば十分なのではないかと心底感じました。

 

 

何度も、繰り返しているけれど、改めて自分に言いたいなと思ったんです。

「何かに遠慮して、頑張る・苦しむ方を選ぶのはもうやめよう」

「人と比べなくて良いよ」

「元々ある豊かさを、ただそのまま受けとる勇気を持ったらどうかな」

ここが私の核なんだと実感しています。

 

 

 

私は、ここ数日、本当に苦しんでいて。

なぜかずっと苦しかった。

梅雨の気圧の変化で、体調を崩す人が多いとか言われているからそのせいかな?

そろそろ排卵日だと思うから、ホルモンバランスが崩れているのかな?

と思う事もあり、それも原因かもしれないけれど

 

眠れない位、思い悩んだり、

また、自分の価値に悩んで頑張りそうになってしまったり、

なぜか分からないけど苦しくて苦しくて

自分は、苦しみたいなんて一切思っているつもりはないのに、

こんな状態で、自分を苦しめてまで得たいものはなんだろうと考えたり。

 

きっとまた何かがおかしいから、

諦めずにもう一度と、継続コースの備忘録のまとめの続きを始めました。

ノートは、もちろん何度も見返して

初めから自分が書いたブログを読み返したり。

 

これまでの考え方の癖がまた出て来ているな、と感じたり

とりあえず、感じ切るようにしようと日記に書き出したりとか。

 

 

そしたら、この文章の内容に行きつきました。

合っているか、良いか悪いかは本当に分からないし

かなり重い雰囲気が出まくりですが(笑)

今はこんな事を思ったので、書き留めておこうと思います。

 

 

明日は新月ですね。

これまでのワクワクしながら書いてきた願望は毎月読み返していたけれど

明日はどんな事を思い、何を書き出すんだろう。