丁寧に、一つずつ

自分を大切にして、自分らしく幸せを感じながら生きていく!ただのオンナ実践記録

30代への絶望。生きている事に感謝、とは?

6月末あたりに何だかモヤモヤしていた時期を含め、最近まで何度か「生きる事」に関して思い悩む時期がありました。

死にたいとかそういう感じではなく、ズーンと無気力な時期が1週間ほど続く、という波が何度もやってきました。

 

自分でも本当にびっくりで、いつもあれだけ元気にあれこれ動きまわっているのにその時期は、基本的に仕事に行くだけでどこかに寄るのもしんどい。

行ってヨガくらい。ただ家に帰り黙々と勉強している。

しかもヨガに行った時に、先生が言っていた「今日も生きている事に感謝」という言葉が引っかかり、なんで感謝?誰に?何を?とか悶々と考えていました。

 

ストレスを常に感じていたので、最低限の欲をまずは満たす事に注力し、食べたいものだけを満足するまで食べたり、沢山寝る、なるべく身の回りを綺麗にするという事を心がけていました。

免疫力が下がり、それから起きる身体の不調や皮膚疾患など小さな体調不良がいくつか起き、「病は気から」をかなり実感した時期でもありました。

仕事に行くとすごく楽しく、周りの明るいパワーに引っ張ってもらえるので、仕事があってよかった、と心から思っていました。

 

その原因は分かっていました。あと少しで私は30代になります。

年齢に関して、そこまで気にした事は無かったけれど、いよいよ30代になる、となった時に漠然とした不安がありました。

 

 

そしてその気持ちの根本を見ていくと、「私は根本で自分への価値を信頼しきっていない」と言うものでした。

女性として漠然とした不安がある。他の方が何歳であろうと全く気にならないのに

自分が30代になると、聞こえとして20代の失われる価値が怖く、嫌だと思っていました。

年齢を聞かれた時に、絶対に素直に答えられる気がしない。

どんな感情なんだろう。毎回自分を責めたり心を閉ざして生きるのかな。

 

とにかくすごく恐かったです。

20代である、という事にこんなに価値観を見出し、そこに執着している気持ちが強い事をしっかり見るようにしました。

誰にでも与えられる「若さ」という価値。

そもそもそれも何歳が「若い」って人それぞれだし、「25歳からおばさん」とかいう人もいるし、、とは思うけれど、

20代である、という良く分からないギリギリの安心感で何とか気持ちを保っていたように思いました。

 

新たな喜びを得るって凄く嬉しいけれど

元々持っているものを失う(と感じる)(しかも何をしても逆らえないもの)を受け入れるって自分と嫌でも向き合わないといけないので、ここへの葛藤がありました。

 

この時期の日記は本当にひどいです。無気力過ぎて字も弱弱しいのですが、「何だか疲れた」とかそんな感じです(笑)

でも疲れたって事は、どこか無理して生きていることだから、じゃあ何に疲れた?とか考えましたが、ストレスで心がいっぱいいっぱいだと「もういいや、とにかく寝よう」とかってなるんですね。何となく消化試合の様な時期。

その時は、人との予定もキャンセルになる事が多く(しかもやむを得ない感じで)今は無理して、焦って出かけなくて良いんだな、と思う事にしました。

彼と会っていても、自分の心が元気ではないとどこか無理をしていたり相手に求める気持ちが強くなり、会った後も「なんか疲れた」とか「しばらく良いかも」とかネガティブな気持ちになりました。

 

そして「ポジティブシンキング」という単語が心から嫌いになりました。

元々違和感があったけれど、心が元気で無いときに無理に明るく物事を考えようって自分を否定しているようで益々「私って本当にダメだな」と思うようになるし

否定して「でも!それでもこんな良い部分があるし☆」って今の自分の現状を見ずに蓋をするって結局は以前と同じ。

それで生きづらくて変わりたかったんだから、今の辛さから目をそらしてしまう様なポジティブシンキングはやめようと思いました。

ポジティブシンキングしようとしてしまう位、満足いっていない現状をしっかり見る事や、喜楽だけでなく怒哀も受け入れる、根本の損得勘定の無い心が大切なように感じています。

 

やっぱり学んだように、「私ってこう思っているんだ~!」と感じて、そのまま書き出したり眺めてみました。結構辛いです。

私って、まだまだこんなに自信がなくて、自分への価値を若さ(とくに若くもないのに笑)という分かりやすい価値に執着している。

老いに対して恐ろしく恐怖心を抱いている。

 

一番のストレスが「選択肢」が狭まる事なのだと分かりました。25歳くらいまでは年齢を気にせず何でも人生に選択肢がある(ように感じていた)

私の中で分かりやすく失われたもの(例えば生足でショートパンツを履く、男性に年齢を聞かれて躊躇せずに答えれる。結婚に関して焦らなくて済む。行き遅れ感など無くかわいそうと思われない)など、とても些細な事で。

沢山挙げてみましたが、結局すべて「自分の設定」でした。別に自分がそう決めつけているだけ。

 

結局私は、まだまだ自由に沢山の選択肢の中で好きな事をして遊んでいたいんだな。でも、一般的な生き方に反していると感じる部分や、どうしても避けられない妊娠・出産がどうしても女性はあるから漠然とした不安があるんだな、と分かりました。

 

それに、25歳の頃が生きやすかったかと言うと、何歳の頃の自分と比べても今の方が断然生き方に迷いが無く自由です。

沢山勉強出来たお陰で、時間もお金も人間関係も大分自由になり、沢山の理想を叶えて生きやすくなったのではないか。

 

あとは、「あの時こうだったら」と過去を悔んでしまいがちだけど、でももう戻れないんだし、そこは受け入れて、きっと今こうである事が「完璧」そう分かっているはず。

 

いったん気持ちを感じ切ると、ふとした時にじゃあどうしたいかが出てくるんですね。

私は、結局生きるなら無理するのは嫌だから「快」に生きたいし、その為には「勇気」を出そう!と思ったり

感情に蓋をしていて上手くいかない事が多かったから「喜怒哀楽」を感じて出していこうと思ったり。

その中で数秘学が好きと再確認して、自分が学んだ事で力になれたらと思いついたり。

結局は「好きに、自由に生きたい」だったんですね。

それが年齢の制限で息苦しくなる(と感じる)ようで辛かった。

 

30代はどう生きたいか。妊娠・出産に関して自分はどうしたいのか。

これは30代になったら考えてみようと思います。

 

また、パートナーシップに関しても結局は何を求めているのか明確にしていきたい。

 

 結局は、私は今回「年齢」と言う事で自分と向き合うきっかけになったけれど、これからの人生、色々な事で自分と向き合うきっかけが何度もあると思います。

その時にやっぱり「自分の選択の仕方」によって豊かな人生になるのか、何となく無理して・感情に蓋をして生きていくのか、違ってくるようになるんだなと思いました。

 

ずっとずっと生きていく上で訪れる。ちゃんと自分と向き合い、自分が生きたい生き方をしているか、を確認しながら進んでいきたいと思います。

 

 

 

 

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